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![]() いらない絵を捨てては新しい絵を入れていましたが、思い切ってお引越しをすることにしました。 てか、物があふれても大丈夫なように、家を捨てふらりと気ままに出かける「ビバさんのさんぽ道」、これからはこちらへどうぞ。 ご面倒ですが、リンク先の変更をよろしくお願いします。 # by vivasan1 | 2005-10-30 00:36
10月16日(日)、西陣鉾参通りの工芸展に行ってきました。 春と秋に行われているこの工芸展にはもう何度か寄せてもらいましたが、今回は集芸舎さんが「まち屋でピザ」屋さんになっていて居心地よく、すっかり長居させてもらいました。 ![]() 15・16日の工芸展期間中の限定メニューは、コーン入りもちチーズピザでした。これもおいしかった!苔玉のお仲間もできていました。 ![]() 古い蓄音機の中にはSP(?)レコードがいっぱいあって、ご主人がハンドルをまわしてバイオリンの曲をかけてくださいました。まるで映画「チゴイネルワイゼン」の世界だ。 ![]() ![]() 前にこのお店で買った糸枠に電球をつけてナイトランプにしたものです。↓ ![]() 日が暮れかかった頃、五筋南側の大宮通五辻上ル西入ル紋屋町にある三上家職人長屋を覗いてみました。 長屋の露地を手作り行灯でライトアップしていて、今日が最後だというのでちょうどよかったです。 ![]() 露地の奥にある蜂蜜専門店ドラートさんでラベンダーの蜂蜜を買いました。 ![]() この日の収穫。ショルダーバッグ、西陣織の端切れと敷物、カエデとハゼの寄せ植え小品盆栽(お皿は別)に蜂蜜。 ![]() そして、何よりの収穫はくみちょーさんに初めてお目にかかれたことでした。 西陣鉾参通工芸展(by piitaさん)
祭りを支える人々。 ![]() ![]() ![]() からくりさん達も。 ![]() ![]() 子供達も立派に役割を果たしていました。 ![]() 町の人達みんなで大津祭を支えています。 ![]() 臨時大津市民になって、お囃子に合わせて手をたたいていたら、ちまきを投げてくれました。 しかも、食べられる生ちまき!おいしかったです。
10月9日(日)大津祭りを見に行きました。JR大津駅の近くの天孫神社のお祭りです。 京都の祇園祭りや滋賀県のあちこちに残っている祭りと同様、曳山の巡行があるお祭りですが、ここの特徴は13基の山車すべてにからくり人形があって、巡行の途中あちらこちらで演じてくれることです。 ![]() くじ取らずで先頭を行くのは、西行桜狸山(さいぎょうざくらたぬきやま)。大津祭りの起源が江戸時代始めに鍛冶屋町の塩売治兵衛が狸の面をつけておもしろおかしく踊ったことに始まる、というので、狸さんが山車のてっぺんで祭日のお天気を守って行列の先導をしています。おかげで今年も抜けるような青空でした。 この山車のからくりは花の中から仙人が現れて西行法師と問答をします。 ![]() からくりが演じられるのは、軒先に御幣が出されているお家20数ケ所の前で、からくりのことを「所望(しょもう)」と言います。 ![]() 郭巨山(かっきょやま)の謂れは、中国二十四孝の一人郭巨が家が貧しくて老母を養うのがやっとのところに子供が生まれたが、「子供はまた得られる。母は再び得ることはできない」と言って、郭巨と妻が子供を土中に埋めようとして穴を掘ったところ、黄金の釜が出てきたという故事にちなんでいます。 所望は、郭巨が鍬で穴を掘り、黄金の釜が出てくるところ。 ![]() 月宮殿山(げっきゅうでんざん)は謡曲の月宮殿(鶴亀)に因んだもので、唐の皇帝が不老門に立って、美しく立派な前庭で春を祝う会を催された故事に因っています。 所望は、頭上に鶴と亀の冠をつけた男女の舞人が皇帝の前で舞うところ。 ![]() 西王母山(せいおうぼざん)。崑崙山に住む西王母が天女と共に舞い降りて、君に桃の実を捧げ長寿を賀した。この桃は三千年に一個しか実らない貴重なものであったという故事に因んでいます。 所望は桃が二つに割れて、中から童子が生まれてきて鼓を打つ様子です。 ![]() 湯立山(ゆたてやま)。天孫神社の湯立ての神事を模していて、山車の形は天孫神社の形に似せられています。 所望は、禰宜がお祓いをし、市殿が笹で湯を奉り、巫女が神楽を踊ります。この湯をかけられた者は、五穀成就、商売繁盛、病気平癒のご利益があるといわれ、巫女の動きは軽快でひょうきん、見物人も手拍子で盛り上がります。「おちゃんぽ山」という別名もあるそうで、巫女というより、”おかめさん”のようでした。 ![]() 西宮蛭子山(にしのみやえびすやま)。所望はえびすさんが鯛を釣り上げるところで、商売繁盛を祈る、ズバリそのものです。 ![]() 他にも、鯉の滝登り、牡丹に舞い踊る獅子、玉藻前の顔が狐に変化するのん、諸葛孔明が水を招き流れを作るのん、猩々が大杯で酒を飲むところ、神宮皇后が岩に弓で字を書くところ、紫式部が石山寺で執筆して御所車などが次々出てくるところ等々、いろいろなからくりを見ることができました。 精巧なからくりの技術と、豪華な山車の美術工芸品、江戸時代の文化水準の高さに感心してしまいました。もちろん、大津の町の豊かな財力にも。 午前中の着物は黒紋付の着流しだったけど、お昼からはガラッと雰囲気が変わって、色とりどりの長襦袢をはおっています。
宗忠神社参道から真如堂を見る ![]() 上と反対に、真如堂前から宗忠神社参道、吉田山荘方面を見る ![]() 迎称寺、東北院前を通って、ここから急な坂を上り、大元宮、吉田神社を通って京大正門前に出る道。この左すぐが吉田山荘。 ![]() この辺りにもマンションが建ったりして、随分変わってきていますが、この道だけは昔のままです。
迎称寺(こうしょうじ)の萩 ![]() ![]() ![]() 黄色い彼岸花 ![]() 茂庵のトケイソウ ![]()
吉田山の東側山腹、真如堂の西、宗忠神社の横に立派な門構えの邸宅「吉田山荘」があります。 長年近寄りがたい場所でしたが、近年お料理に宿泊、喫茶もしていることを知り、茂庵に行ったついでに寄ってみました。 ![]() お庭も広く、手入れが行き届いています。 ![]() ![]() 冷やし抹茶(1050円)をいただきました。2階の喫茶室は貸切状態で誰にも気兼ねすることなく、スロージャズがゆったりと流れて、本当にゆっくりできました。 ![]() 飲み物にはお菓子とおかみさん手書きの和歌が添えられてきます。私のは「よろずよにかはらぬ花の色なればいづれの秋か君が見ざらむ」藤原実頼でした。 ベランダから大文字がまん前に見えて、最高の眺めです。 ![]() 関連記事:吉田山荘でお茶(by piitaさん)
1933(昭和8)年京都府営繕課の設計。合理主義建築で、大きな窓は当時としては先鋭的だったそうです。 寺町通り荒神口にあり、いつも通りがかりに遠目に見ているだけなので、中に入ってじっくり見てみたい建物です。 ![]() こんな本も出ています。→鴨沂高校の保護者達が中心になって作った「鴨沂へようこそ」
神楽岡通りから登り始めて15分くらい、民家のあるあたりを過ぎるとすっかり山道になって、少し迷ったあげく、森の中にやっと喫茶「茂庵」を発見しました。 ![]() 現在喫茶になっている建物は元は食堂棟で、有形文化財(建造物)になっています。 ![]() 2階が喫茶室。まわりはほとんどガラス面で囲まれていて東側は大文字山が、(と言っても、写ってないか) ![]() 西側は京都市内の眺めがいいです。 ![]() ケーキセットが820円でした。 ![]()
吉田山山頂近くにある喫茶店「茂庵」へと、東側神楽岡通りから登って行く道の途中に、大正時代に建てられた民家が並んでいます。山腹に上下3列くらい、屋根が一部銅版で葺かれていたりで、立派な構えのお家が多いです。 「茂庵」の元になる茶室群を作った実業家谷川茂次郎が、京大の教員向けに住宅地を開発して作った建物群だそうです。 ![]() どのお家もひっそりとして、建てられた当時の雰囲気がよく残っている上品な感じの町並みでした。こちらも話し声を潜めてそっと通らせていただきました。 ![]() 神楽岡通りから登り始める所に黄色いコスモスが咲き乱れていました。 ![]()
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